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  • 2016.08.14 Sunday

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    神々との出愛い〜遙かなる魂の故郷〜出雲大社神迎祭ツアー

    • 2015.12.03 Thursday
    • 00:00



    ▼▼▼ 過去記事はこちら ▼▼▼
     

     





    松江の五月の鄙さんの美味しいお食事の後は、五月の鄙の4キロほど先にある八重垣神社へと向かいます。





     
    八重垣神社

    御祭神
    素盞嗚尊(スサノオノミコト)
    櫛稲田姫命(クシイナダヒメ)

    大己貴命、青幡佐久佐日古命が合祀されています
    青幡佐久佐日古命は出雲国風土記で素盞嗚尊の子とされているそうです



     


    八重垣神社の前にある夫婦椿




    八重垣神社 正面鳥居




    天照大神




    境内摂社 手摩乳神社
     



    歌碑

    八雲立つ 出雲 八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を

    【意味】
    雲が幾重にも立ち八重の垣根をめぐらせている
    妻を籠らせるために わたしも八重の垣根を作るのだ
    雲が作ったその八重垣のように


     
    この歌は、素盞嗚尊(スサノオノミコト)が櫛稲田姫命(クシイナダヒメ)が住まう館を作る際に詠んだ歌で、古事記にはこの歌碑の表記ではなく下記のように載っていたのだそうです。
     
    夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微尓 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁
    やくもたつ いずもやへがき つまごみに やへがきつくる そのやへがきを

     
    神である素盞嗚尊(スサノオノミコト)が詠んだ歌とされるなら、日本最古の5・7・5・7・7の韻律の和歌なのかも知れませんね。



     
     






    本殿を横から撮影

    光がとっても綺麗ですね^^





    とても間抜けな話なのですが…

    本殿の正面の写真を撮るのを二人ともに忘れているという…(^^;アハハハッ

     



    鳥居から本殿を臨む



    本殿は横4列に並んで参拝してくださいと書かれてありましたが、どうしてか3列に並んで参拝する流れとなっていました。

    こちらでも、私たちが参拝している時はそれほどでもなかったのですが、参拝を終えて後ろを見るとズラーーーッとたくさんの人が並んでいてビックリ!

    どういう仕組みなのかは私にはまったくわかりませんが、どうもディバインが何時もそのように上手に計らってくださっているようです。





    社務所にて鏡の池で浮かべて占う和紙の用紙が置かれているのをそれぞれ買い求めました。

    引く時には上から順に取ってゆくという方式のようです。

    その時一番上に置かれている巡り合ったメッセージが自分と縁のあるものであるという感じですね。



    白い和紙には墨汁の白液で様々な内容が書かれています。

    短文なのですが今回全員の方が鏡の池での占いを行うという事で引いていらっしゃいましたが、私がお伺いした方は自分に必要な内容だったようです。

    鏡の池に行き水に浮かべれば白い文字が浮かびあがるのですが、皆さんはその事をご存知ではなかったので、全員光に透かしてメッセージを見ていらっしゃいました^^





    本殿の後ろ側の方向の森の中にある鏡の池の近くに『神秘夫婦椿 子宝椿』という椿があります。

    八重垣神社は御祭神が素盞嗚尊(スサノオノミコト)櫛稲田姫命(クシイナダヒメ)なので、恋愛とか結婚、子宝にご利益があると言われているため、その故事にまつわるような内容のものが多くあるのです。

     



    神秘 夫婦椿 子宝椿




    鏡の池



    スサノオノミコト様が大蛇を退治された折、身を隠したクシナダヒメ様が姿見に使ったとされる「鏡の池」

    ここに十円か百円硬貨を載せた占い用の和紙を浮かべます。

    和紙が15分以内に沈めば「良縁近し」で、30分以上なら「縁遅し」、また、近くで沈めば近くの人と、遠くなら遠方の人と結ばれるそうです。


     


    こちらは旦那さんの引いた占い用紙
     
     


    こちらは眞穂乃の引いた占い用紙


     
    それぞれの用紙に手書きのメッセージと吉の方角が書かれています。



    旦那さんは『大吉の縁となる』で、方角は『東と北 吉』でした。

    私は『親の恩を忘れるな運開く』で、方角は『西と南 吉』でした。

    しかし私の占い用紙は、お金が突き抜けて紙が破れるというアクシデント?!があり、最後まで見ていませんが居る間には沈みませんでした。



    何かを叶えてほしいという想い自体がなかったので、その事自体はどちらでもいいのですが、頂いたメッセージは私にとってはとても深く響きました。



    私をここまで運んでくれたのは、紛れもなく20代半ばで突然訪れた母の5年間の難病との闘病生活と、私が会社を退職してすぐの父の8ヶ月にも及ぶ入院&リハビリ生活に寄り添ったお蔭様なのです。

    もし、そういった困難とも思える母の難病と悪性リンパ腫との併発という出来事がなければ、私はこうした意識の領域を旅しながらそれを実生活に落とし込んでゆくというような生き方に至る事はなかったでしょう。

    旦那さんと出逢わせてくれたのも母でした。

    母が亡くなってから後、実家を出て独立してマンションを購入してから、周りの既婚男性から不倫での付き合いを申し出られたりという事が続いてとても困っていました。

    独身でひとりで暮らしている事がこんな事を引き起こしてしまうのか…。

    女性として軽く扱われて大切にされない事に怒りと失望を憶えた事を神に正直に伝え、諦めていた男性とのご縁について、もうこういう扱いをされるのは嫌だ!本当は大切にされたいんだ!と自分の心に本当に正直になった時に旦那さんと出逢い、出逢ってから3ヶ月でスピード結婚する事になりました。
     
    その縁をつないでくれたのは母で、母がいなければこのご縁はつながっていなかったのです。



    母が闘病していた20代半ばの頃は、自分の内側に本当に様々な葛藤を抱えていて、それを解放してゆくための課題・テーマが絶妙なタイミングでひとつひとつ訪れて、自分で氣づくとその状況が一変して次の課題・テーマがやって来る…という事が続いていました。

    そのお蔭様で『神という存在がいらっしゃって、何かを私に氣づかせようと現実が提示されているのだ』とはっきりと認識できるようになってゆきました。

    すべての事が…苦しい事も楽しい事も等しく神からのギフトであるというのも、色々な本では書かれている事のようですが、私は実体験を通してその事を体得させていただいたのです。

    そうして私は、本などによる頭の知識がやって来ると、同時にその事をすべて実体験として学ぶという道をディバインが示してくださっていたのです。

    ですから、私のお話しする事は頭の知識でお話しているのではありません。



    父のリハビリの折には、父の介護に専念しまっとうしようと決め、父と過ごす時間に集中し共に過ごす時間は父に捧げようと決めて過ごしていました。

    そうした生活の中で、父とのリレーションシップの中にあった様々な抵抗感や過去のしこりになっていた事が次第に解消されていったある日、とあるきっかけにより聖なる存在からのメッセージやヴィジョンを受け取れるようになっていったのです。



    私の人生は、とても人には伝えきれないほどの苦しみと困難を抱えた人生でしたけれど、その事が、体験のすべてがとてつもなく大きなギフトであったという事を体験を通して腑に落ちたという事が、私をどれほど豊かにしているか…その事に何時も感謝しています。

    このメッセージを見た時、その事が走馬灯のように駆け巡ってゆきました。



    母の死が現実のものとして差し迫ってやって来る避けられない事だと受け入れた時、見性体験を通じてすべてとのつながりを体験させていただきました。

    そのほぼ同時期に私の魂的につながりのある御住職による導きと御先祖様への回向、御供養へとつながった事で、見性体験から得る万能感に溺れる事も、その体験を再び体験したいと望む事もなく過ごせた事も大きなギフトであり導きであったと氣づかせていただきました。

    その後、私に命を繋いでくださった数多のご先祖様方の供養をしましたけれど、供養が進んだある時、御先祖様方が施餓鬼供養の最中に私に感謝の意を伝えてくださり、


    『自らの天命・使命を生きよ。本当の先祖供養とは過去未来すべてのつながりに感謝し、自らの与えられた人生・生命をまっとうして生きる事である。清められたDNAにより、応援する事が出来るようになったので、これからは我々が精一杯応援するので、自らの人生を精一杯生きよ。』


    と伝えてくださいました。



    この出来事がきっかけとなり、今の方向…旦那さんが独立して整体業を営む事に対してのこれまでの抵抗を捨てて、応援しようという方向に大転換しました。

    そうすると、その途端に人生を大転換する新たな導きや出逢いがどんどんとやって来るようになりました。



    御親の心を知り、自らに与えられたこの人生をまっとうして生きる事…。

    私には私にしかできない生き方がある事を、御先祖様方が私に直接お伝えくださいました。

    他人も自分なのだという事も、私の場合は御先祖供養を通じて実感を持って腑に落とさせてくださいました。



    本当に、今になって思うととても幸せな事です。



    頭で知ったように感じる知識というものは、得てして自分という幻想を深めるため人生をコンフューズ…混乱させがちです。

    本当の事がわかれば、知識ではなく智慧で生きるようになり、知識に振り回されるのではなく知識を上手に活用して生きてゆけるようになるのです。



    私は両親や御先祖様から学ばせていただいた事がとても多かったです。

    本当の人生を生きるという事は、外側の何かを得たり外側に何かを求める事ではなく、身近な、本当に自分に身近に示されている事の中にあるものだと思います。



    よくわからなくなっている人…人生がコンフューズしていると感じる方は、頭の知識を一旦捨てて、ご自身に与えられている人生を精一杯生きるという事に注力するようにされれば見えてくる事があるかと思います。





    思いの外、とても短いメッセージから受け取るものが大きかったです。

    人生に差し延べられた数多の神の手に氣づく事は、神とのリレーションシップを深く感じてゆく流れに於いて不可欠な要素です。

    この短いメッセージが私を初心に戻らせてくださいましたし、自分の体験してきた事を改めて回顧し、すべてを肯定して自分の人生を生きる事の大切さを感じさせてくださいました。


     


    鏡の池に行くまでにある上部で融合している樹

     


    天鏡神社
    御祭神 稲田姫命



    言わずもがな…スサノオノミコト様の奥様である稲田姫命様をお祀りしている神社です。

    鏡の池の奥にあります。



    私たちが参拝する時にはそんなに人はいなかったのに、参拝し終えると後ろにズラーーーっと人の長い列が…。

    私たちにはよくある事で、今回のツアーに於いてもそういう事がとても多かったです。



     



    参拝を終えて八重垣神社の駐車場から太陽を撮りましたら〜太陽の周りに光輪がキラキラ

    本当に…すべてにおいて祝福された旅だったのだなぁ〜〜〜と感激よつば

    ありがとうございますハートkira感謝kiraハート





    それぞれの方が数多の氣づきをいただき、新たなエネルギーを生きるための祝福を受けた旅であったように思います。

    それぞれの個性を最大限に発揮して人生をクリエイトしてゆく事をサポートしてゆく道を示してくださったように思います。

    私たちにおいては、特に旅を共にするという事がそういう意味での貢献となるようです。



    神々がすべてを見通して応援してくださっている事を肌身に感じさせていただき、今後の私たちの歩んでゆく道を照らしてくださっている事を実感しています。

    それは、今回旅を共にしてくださった方々にとりましても、ご縁あって私のブログをお読みいただいている方にとりましても同じです。



    それぞれの方が自分自身の人生に集中して真摯に生きる事、生きる事を楽しんでゆく事に対して、何時でも助けとなり尽力できる私たちで在ろうと思っております。



    私たちは肉体を持った人間ですので、神のように完全な視点を持っている訳ではありません。

    ですから、どのような事に於いても『私はこのように感じるし見えます』と、それはあくまでも自分の視点から見た見解であるという事しか言えません。

    ですが、私という人間として完全ではない完全を生きるという事は出来ますし、その感覚が深まりゆく事で、より拡がりのある視点であらゆる事を認識してゆけるのだと感じています。

    そういった事が人間として成長してゆくという事なのだろうと感じています。



    旅によってもたらされる様々な氣づき。

    私たちにとって旅とは、自分という存在と神々の存在とのつながりを感じ、相互が交流する事でこの世の中は働いているという事を体感し、氣づいてゆくために必要な要素なのだと認識しています。



    これから先、そうした感覚を理屈を超えて共有してゆける旅をオーガナイズしてゆく事になるのだろうと感じています。







     
    神々との出愛い〜遙かなる魂の故郷〜出雲大社神迎祭ツアー

    −了−




























     

    神々との出愛い〜遙かなる魂の故郷〜出雲大社神迎祭ツアー

    • 2015.12.02 Wednesday
    • 17:30



     
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    2日目 11月22日(日)


    出雲大社 神在祭
     








    朝8時に到着するようにホテルを7時30分に出発。

    私たちが車を置いている間に他の方たちには先に御祈祷のお申し込みをしていただくために鳥居の前で車を降りて歩いていただきました。

    私たちは駐車場に車を停めてから後を追います。



    私が行くと…既にそこには結構な人の波…たくさんの方がお参りにいらしていて、御手水舎も長蛇の列でした。

    その前にどうしてもお手洗いに行きたくなってしまった私は、お手洗いに立ち寄ったので、手水舎をスルーしてゆく事はできず…しっかりと並んでお作法通りに手と口を濯いでから仮拝殿の前の御祈祷受付まで行きました。



    既にお電話で申し込みをお願いしていましたので、順番を待っている間に待合のテントから外に出て空を見上げると…
     




     


    空が綺麗〜〜〜

    八雲山の方向になるのかな???の方角からサァーーーーーッと雲が流れて来ているような感じで〜〜〜

    空の色と雲とのコントラストが美しかったです。



    御祈祷の前にお願いされていた御札を購入する事もできて、スッキリとした氣持ちで御祈祷を受けるために仮拝殿に入りました。

    参加者が同じ回の御祈祷になるようにはしていましたが、一緒に座らずにそれぞれが思い思いの場所で座りました。

    それぞれがご自分に集中された方がよいという事もありましたが、何となく思い思いに行動している感じでした。

    私と旦那さんは中央の後ろの方に座りました。



    御祈祷がはじまりますと、1回に行う御祈祷者の数がかなり多い事もあり、お名前と願意を読み上げる時間が結構長い時間でした。

    読み上げはじめた頃からエネルギーがバン☆と頭頂から入ってきて、胃のあたりがものすごくエネルギーの影響でムカムカしてきました。

    普段はエネルギーを通せる容量が人よりも大きいという事もあり、そういう症状が出る事はあまりないのですが、今回は…結構来ました。

    そして、それを感じていると、大国主命様からメッセージが。



    『○○さんの事であなたが氣づいている事がありますね。それはその方の過去から持ち続けている思考の習慣です。しかし、○○さんがさらにご自分の天命を生きてゆくためには、過去の古い習慣から脱却してゆく必要があります。古い習慣を脱却し新たな次元を生きるためには、古い思考の癖、無意識の領域で習慣となっている考えのつながりに氣づく事です。その事についてどうぞ御本人が本殿をお参りされる前にお伝えしてください。その後に本殿をお参りされる時に「過去の不要になった習慣に氣づき手放せるように」とお願いするようにお伝えください。あなたがお伝えするその時には私が何を伝えるべきかを伝えるので、考えずに力を抜いていてください』



    …私がそれを言うの???

    というちょっとした抵抗感がありましたが、こうしてお伝えしてくださいとおっしゃっている事を無視してしまえば、その方には届かない…私の自分を守る氣持ちで機会を逸すような事になってはいけない。

    と即座に切り替えて、お伝えする事に胎を決めました。



    人に言いにくい事を伝えるのが苦手でずっと避けてきた私…聞き心地のよい事ばかりを言えたなら、それはとても楽なのかもしれません。

    しかし、聞き心地のよい言葉も、あまり聞きたくないような言葉も、どちらも神の言葉であるならば…それが御本人にお伝えする事が必要である時には、エゴの氣持ちを手放してしっかりとお伝えする事も必要だとこの時に思ったのです。

    お伝えしにくい…話して受け入れていただけるのか…そうした考えは私の己を守るためのエゴの声であると感じたので、そのザワザワを超えて、自我を手放してお伝えしようと決めたのです。



    …本当に…神様はものすごいタイミングで試して来はるなぁ…。

    しばし呆然としつつ、終わったらお伝えしようと決心を固めて、エネルギーを感じていました。



    終わってすぐに御本人の所に行き、お伝えしなければならない事があると告げて、一緒に人の多い場所から離れました。

    そして先程、大国主命様から言われた事をお伝えし、内容をお伝えしました。

    個人的な事なので、こちらにメッセージの詳細は掲載しませんが、自我を超越し自他不二の精神で歩みなさいという事をおっしゃっていました。



     

    自他不二(じたふに)

    【意味】
    絶対的な平等のこと。
    仏教の考え方から見ると自身と他人には区別などなく、
    自身を救うことと他人を救うことは同じことであるという仏教の言葉。





    仏教用語でしたのね…それを大国主命様がお使いになられるとは。

    後で自他不二の言葉の意味を調べていて驚きました。

    自他不二という言葉は知ってはいましたが、仏教用語だとは知りませんでした。



    メッセージの内容は、御本人にお伝えしながら私の方が感動してしまいました。

    本当に神様はすべての存在を見守っていらっしゃって、我が子の如く、何時でも私たちの成長を辛抱強く見守ってくださっているのだな…。

    たとえ、すぐに出来なかったとしても、その人がすぐには受け止められなかったとしても、本当に辛抱強く、何時でも私たちを愛してくださっているのだ…という事がヒシヒシと伝わってきました。



    そうであるならば、私は自分の好き嫌いというような感覚を超えて、少しでも神の視点に近づくように自己拡大(自分の認識・意識の領域を拡げてゆく事)した状態ですべての事を受け入れてゆこう…そう想いました。

    私なんて…という自己否定、自分を小さく定義しようとするマインドの習慣を超えて、今の自分に出来る事を精一杯行ってゆこうと心に誓いました。
     





    お伝えし終えて空を見ると〜鳳凰が羽ばたいている!

    何という吉兆を見せてくださるんだろう…色んな感動が入り混じり、不思議な爽やかさを味わいました。



    私はかつては普通でありたいという想いがとても強くて、いわゆる常識的な…という感覚に縛られやすいタイプの人だったんですね。

    だから、その過去の癖…こびり付いた滓が未だ残っているが故に、メッセージをお伝えする事に対して全面的な抵抗ではないですが、ちょっとした抵抗感が未だ残っていたのですね。



    普通でありたいと願う私は、本来は子供の頃から普通という枠に当てはまらない子供だったのを、無理矢理に普通であろうとして自分の個性を押し込め続けてきたために、とても傷ついていたし、ずっと押し込めてきたものを解放する事に対しても人一倍抵抗がありました。

    既に普通という枠にはまったく当てはまらない生き方をするようになっているにも係わらず、未だ普通という幻想の枠から外れる事に対しての抵抗感が手放せないでいたのです。

    何とか怪しくないようにしたい…というのがあったので、進もうとしているのに、抵抗する感覚がありました。

    自分の他者とは異なっている部分…自らの変態性を認める事ができないが故に、無意識に普通のふりをする癖が炸裂していたのです。

    私、怪しくないですよ…普通ですよ…と、普通でいようとすればするほど、どうせ怪しいと思われているのだろう…という幻想がチラついていました。



    ですが、この日、もういいんだな…もう普通のふりをしなくてもいいんだな…こういう事をできる自分を丸ごと受け止めてあげていいんだな…と心からそう想いました。

    ずっと堰き止めていた流れをようやく全部解放した〜〜〜という感覚です^^

     



     
     
    以前にお付き合いしていた方で、私がこういった部分を発露すればするほど離れていった方がいらっしゃいました。

    そんな事を氣にしていたつもりはなかったのですが、色々抵抗していたという事はそういう事を無意識に氣にしていたという事なんですよね、結局。

    これまで仲良くしていた方が離れてゆかれるのではないか…変に思われるのではないか…という恐怖が、自分を限定的にしてギュッと小さく小さく押し込めていたのです。

    けれど、自分を押し殺してまでお付き合いしなければならないのだとしたら…そんな関係性はもう必要がないという事なんですね。

    自分を押し殺してまで、自分の可能性を限定的にしてまで、お付き合いしなければならない関係性であれば、それを手放す勇氣も必要なんですよね。



    こういう私をそのままの私として受け入れてくださる方、一緒に楽しいヴィジョンを創造してゆける人と一緒に居られればそれでいい…心からそう思えました。



    私のように既に新しい流れに入っているにも係わらず、古い思考の枠のエネルギーで生きているというのは、意外と誰でもやっている事です。

    そのままだと、古い思考の枠のエネルギーが新しい流れを阻害してしまうので、歩みがスムーズでないと感じたり、今ひとつ波に乗れないという感覚が出て来ます。



    先に述べたような事は、自分でも感じていて手放したいと常々思っていた事でしたが、この事は私の出自やルーツにも係わる根の深い話でしたので、ここまで来るのにとても時間がかかりました。

    今はそのプロセスを丸ごとよかったと思えますが、以前はとても葛藤している自分がいました。

    魂は進みたいと言っているのに、心は…マインドはとても抵抗している感がありました。

    かなり軽くなってはいましたが、最後の最後の抵抗がまだちょっと残っているな…という感覚でしたが、その抵抗もすっかり外れていました!

    本当にありがたいです。





    私がそんな体験をしている間、旦那さんは状況を察知してひとりで写真を撮りに行っていたみたいです。


     












    お昼間だけどオーブが写っていますね〜^^





     

    写真にも人柄が出ますよね。

    旦那さんの写真、とてもピュアで大好きです^^





    私の方はメッセージをお伝えしたりしていた事もあり、本殿をお参りしたらもうタイムオーバーとなり…集合場所の神楽殿の前の会館前に移動しました。


     



    この日もたくさんの人がいらっしゃいました。

    かなり昔、まだ社会人になってすぐ位の頃に出雲大社に家族で旅行に来た事があったのですが、その時にはこの神楽殿の注連縄がある所が本殿なのだと思い込んでいましたので、ここでばかり写真を撮っていた記憶があります。





    10時45分の出発予定でしたが、少し遅れ氣味で出発。

    次は昼食の松江にある五月の鄙というお店まで移動します。



    道中はせっかくなので…と、旦那さんが宍道湖が見えるルートを選択しました。

    出雲から松江までは約1時間程の距離なので、だいたい12時頃に到着しました。



     
    五月の鄙(ごがつのひな)
     








    五月の鄙さんはお隣のパン屋さん空(くう)の横に併設されたマクロビ料理のお店です。

    旦那さんが見つけてくれたお店です☆

    この日は12時〜13時半まで貸切にしていただきました^^



    お店に五月の鄙という看板が大きく架かっていないので、最初は旦那さんが通り過ぎてしまいました。

    エネルギーに敏感な人が集まっていた大阪グループの車中では、横に併設されているパン屋さんを先に発見して、その波動のよさにテンションが上がり、あそこのパン屋さんに立ち寄りたいであるとか、その横がマクロビのお店なんじゃない?!と口々に話していました。

    そうしましたら、やはり、でした〜ご名答^^







    パン屋さん空の内部

    どのパンもとても美味しそうです^^



     
    肝心の五月の鄙のお店の中の写真を撮るのを忘れていた…残念。

    雑貨屋さんみたいなとってもかわいらしい空間でしたよ。

    食べログに載っていますのでよろしければご覧になってみてください^^


     


    さつまいもとじゃがいものスープ




    ベジプレート

    ブロッコリーと南京の和え物
    かぶらの梅酢漬け
    サラダ
    豆腐ハンバーグ
    大根のキンピラ載せ玄米ご飯




    食後の紅茶(コーヒーの方もいらっしゃいました)




    お料理、どれもとても美味しかったです^^

    味も量も大満足で、ご飯もとってもたっぷりだったので半分ぐらい旦那さんにご飯を食べてもらったのだけど、それでもお腹いっぱいになっちゃいました☆

    でも、お腹が全然重くないのです。

    普通にたくさん食べ過ぎるとお腹がかなり重くなってしんどくなるのですが、ここのお店のお料理はそういった事が一切なかったです。

    近かったら絶対に通うなぁ〜〜〜松江の方がうらやましい^^



    お隣のパン屋さん、こちらもとても美味しそう〜と思っていましたら、早速購入して食べている人が!

    早速食していた方にお伺いしますと、とっても美味しいという事でしたので、それぞれ明日の朝食や間食用などに購入されていました。

    私も翌日の朝食に買おうと思っていたら、その夜に我が家にお泊りする事になっていた方が私の分も一緒に購入してくださいました^^

    翌日食べましたが、とっても美味しかったです^^



    『パン屋空』さんも『五月の鄙』さんも、近かったら絶対に常連になるだろうなぁ〜と思う位に美味しく、居心地のよいグッドヴァイブレーションのお店でした天使

    素敵なお店に恵まれて、身体にも心にもやさしい昼食をいただけて、とても幸せな時間でした。



    五月の鄙様

    大人数のお料理に対応してくださり、

    思いやりに満ちたエネルギーのお料理を提供していただき

    誠にありがとうございました。

    とても美味しく、素敵な時間を過ごさせていただきました。

    クローバー感謝クローバー






    八重垣神社に 続く〜月








































     







     

    神々との出愛い〜遙かなる魂の故郷〜出雲大社神迎祭ツアー

    • 2015.12.01 Tuesday
    • 20:20

    ▼▼▼ 過去記事はこちら ▼▼▼
     








    11月21日(土)神迎祭の続きですkira感謝kira



    稲佐の浜での神迎神事が滞りなく終了し、出雲大社の神楽殿(あの象徴的な大きな注連縄が架かっている建物です)まで戻ってきました。

    御神事の後、集われた八百万の神々を神職さんたちが白い布で覆い隠しながら出雲大社神楽殿までお運びします。


     


     





    こちらは旦那さん撮影の写真。

    神楽殿で撮影した写真は、旦那さんのも私のも手許がブレている訳でもないのにぼやーっと写っていたり、すごい写り方をしているものがたくさんありました。



    私たちが到着した時には、八百万の神は既に神楽殿の中に入っていらっしゃったようで、神楽殿前はものすごい人だかりでした。


    参加者は結構バラバラになっていて、どこにいらっしゃるのかわからない状態でした。

    出逢えた方もいれば、神楽殿の最前列にまで行かれている方もいて、もうそれぞれに・・・といった感じ。

    御神事が終了した後に昇殿してお参りさせていただけるので、少し離れた場所でそれを待っていました。



    神迎祭は、どういった手順で行うというようなアナウンスがある訳ではないので、事前に流れを調べていて何となく察して動かないと一体何をしているのかまったくわかりません。

    それも、はっきりとこうしますと記されているものはなかったと思いますので、やっぱり何となく察しながら行動する感じになります。

    稲佐の浜でもお隣のカップルさんが、『何しているの?何なの?どうなっているの?』的な事をずっとおっしゃっていましたけれど、目に見えて何かが起こるという事ではない御神事なので、心の眼を開いて参加しなければ、何も感じる事は出来ないかもしれません。



    昨年は宇宙を感じて、宇宙意識へとさらにシフトしてゆくという感覚やメッセージがとても強かったのですが、今年は稲佐の浜で感じた感覚と共通していて、内なる宇宙、内なる世界、神の王国は内側に在るという感覚が強くありました。

    とても静かで穏やかなエネルギーを感じていました。





    たくさんの神様がいらしているんだろうな…と思いながら写真を撮影していると、ブレた訳でもないのに、エネルギーが強過ぎるが故にこうなったのだろうな・・・という写真が撮れました。


     
    ▼▼▼私が撮影した出雲大社神楽殿前▼▼▼
     





    中にこういう感じの写真が混じっています




    お月様の上から光が???

    光源は何もないのですけどね・・・




    1本筋の謎の光とその下にエネルギー体のようなものが








    3枚撮った写真を時系列順に並べています

    空の真ん中辺りに蒼い光があるのですが

    短時間の間に光が移動しています




    ちゃんと撮ってもこういうふうになる写真が多かったです



    私はそんなにたくさん写真を撮っていないのですが、その中の大半がそういう状態で、旦那さんの写真も同じような感じになっているもの、さらにはたくさんのエネルギー体、オーブが写っている写真がありました。


     
    ▼▼▼旦那さんが撮影した出雲大社神楽殿前▼▼▼








    ちゃんと撮っているのにこんな感じになっている写真が多数…










    神楽殿の所にオーブが出現しています




    神楽殿の横にある鏡池

    浮島の右側の所に緑色のオーブが〜

    緑色〜綺麗〜♪♪♪








    境内、神楽殿の前などにもオーブがはっきりと写っています^^

     

    八百万の神がお戻りになっているので、これだけオーブがくっきりと写っているのでしょうね。

    美しいですね。



    旦那さんが写真を撮ると、こうしたオーブや不思議な光などがよく写ります。

    どうしたらそんなに撮れるの???と聞くと、

    『撮りたい!』という我欲があると撮れないと思うよ。

    エネルギーと同調してリラックスして撮らせていただくと撮れるんじゃないかな。

    と申しておりました。



    自然体でリラックスしている状態…子供のような純真な心で撮ると撮れるという事なのでしょうね。

    そういえば、インドに一緒に行った時にもたくさんのオーブ写真を撮っていましたし、あの頃は色々な場所で不思議な写真を撮っていました。

    写真撮るの本当に楽しそうなので、一眼レフカメラを買って本当によかったです。



    人が退いた後に神楽殿に昇殿させていただきお参りをさせていただきました。

    そうしたら、先程の上の宮で説明してくれて祝詞を奏上してくださったおじさんが横にいらっしゃり、別の女性グループの方にまたもや何かを説明していらっしゃいました。

    とてもお世話好きな素敵なおじさん☆神さんですねぇ〜^^



    今年は昨年のように寒くはなかったので、本当に過ごしやすかったです。

    この時期にしては暖か過ぎる感じでしたけれど、参加する立場としては本当に助かりました。

    来年の旧暦の10月10日は11月9日のようなので、もしかしたらもっと暖かく過ごしやすいかもしれませんね。



    本当にたくさんいらっしゃった方がほとんど退いてしまわれるまで残り、最後にお餅とお神酒(飲める人だけね^^)をいただいてからホテルへの帰路に着きました。




    2日目〔11月22日〕に続く月







     








     



     

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